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April 29, 2009

女が一人で生きていく決意をする時。


昨夜、仕事の帰りが遅くなった。
通勤で行きと帰りのルートを変えていて、昨夜も半蔵門線から東武線に乗入れる電車を使った。
曳舟駅で、暫し停車する。この日は、休日の前日のわりに座れなく扉の前にぼんやりと立っていた。
文庫本を片手にしていたのだが、ふと外を見ると知った顔の男が目の前を横切るところだった。
大学の後輩で、実に十五年ぶりくらい。
無論、向こうは気付いていない。
自分は立っていたのだから追いかけても良かったのだが、なんとなく、声を掛けられなかった。

『苺をつぶしながら』は、乃里子を主人公とする三部作の一番最後の話になる。
乃里子35歳の日々だ。
私の今の年齢よりも若い。
結局、この話では乃里子は独身生活を謳歌する道を選択する。
三十年前の女性の場合、その決意は一般的に理解はされないだろう。なのに、現在では理解される。
……そんな事を言っても、私は独身でいる事を決意しているという訳ではない。

後輩を見掛けた後、携帯電話から「ゆびとま」がアクセスできないだろうかと弄ってみた。ちゃんとアクセスでき、その後輩も登録していた。
ついでに同級生の動向も見てみた。
学生時代に一緒に遊んでいた女友達は尽く苗字が変わり、子持ちも増えた。以前にゆびとまを見た時よりも子どもの人数が増えている友達もいたりする。
今の時代に三児の母ですか。
田舎の企業だけど社長の娘だったしな。学生時代から結婚願望が強かったし。家族構成を見て納得してみたり。
彼女らには、きっと私の生き方を理解してもらえないだろうと思う。そう思うと、ゆびとま通してメッセージを送る気力も生じない。
かつては彼女らからメッセージが届いた時もあったのだが、あの頃の私は男性に依存している彼女らの生き方を理解できなかったのだった。
が、しかし、旦那さんの転勤で埼玉に来てるんだったら連絡ぐらいよこしても良さそうなのに。

人の生き方は様々で、親孝行の為に結婚を決意したような母親に育てられた子どもは、やはり結婚願望には疎いようだ。
都会に片足を突っ込んでいる日々を送る私には、独り身の同世代が多いからか焦る気配もなく、顔に出さぬがやきもきしているだろう親を感じたりもしたりしなかったり。
そう言えば「離婚しても良いから一回くらい結婚したら」と言われもしたな。その言葉には矛盾があって、「結婚したら離婚しないものなのだ」とすりこまれて育てられたのだが(苦笑)
それはさておき、良い御縁があれば、苗字が変わるのも吝かではないのですが。
『苺をつぶしながら 』田辺聖子(著) ISBN-13: 978-4062141284

April 20, 2009

叔父のオスカーに似ているわ!

今回のアカデミー賞では、日本の作品が二本も受賞されました。
受賞って言葉は素敵よねheart01


DVDと絵本では少しだけストーリーが異なります。
絵本は子ども仕様という感じですね。
個人的に、絵本よりもDVDの方が好みでした。この作品に言葉は必要無いのです。
絵本では無駄に説明が多い印象を受けました。
DVDでも長澤まさみちゃんのナレーションが入っているのですが、音楽のみで充分です。

兄に絵本を見せた時は不評でした。心に来るものが無かったみたい。兄はDVDを未見なので、DVDでどのような反応をしてくれるのか興味があったりします。

そして、老人の未来を思うとツンとくるものがあったりしました。作者は、老人の最後にはどんな風景が見えているのでしょう。


「納棺夫」とは造語です。
自宅での納棺式は祖父母と同居だったこともあって、もしかすると同世代よりも経験が多いのかも知れません。
高一に祖父、高三で祖母をおくりました。この時は自宅で葬儀も。
父は八人兄弟だったので、父の兄弟がしゃしゃり出ている印象が強い。
父の末の妹が祖母にお化粧を施していた記憶もある。
亡骸に身内が順番に旅装束を着けていった。
この時の納棺をしてくださった人に関する記憶が曖昧だ。自分が思春期だったのもあるし、死に関してピンと来ていなかったのかもしれない。
社会人になって父をおくる。この時の記憶はいまだに鮮明で、納棺をしてくださる人が父の髭を剃ったり、化粧を施したり、身内が順番に父の身体を清めたり、思い出そうと思えば思いだせる事柄ばかりだ。
死体に興味があるらしい兄の女兄弟の旦那が二人、父の着物を着替えさせる時に父の足側に回っている様子も思い出される。「そっちに回れば何でも見える」のは判っていたが、今更喧嘩をしても莫迦らしくて気付かないふりをした。
棺を出すのを私が「玄関から」と言うと、「廊下から出すものだ」と言う親戚たち。棺が出られるくらいに広い玄関なんだから、玄関からおくりだしたってイイと思うんだけど。結局、私の意見通りに玄関から出される。それを納得いかない親戚(女兄弟の旦那)。
葬式にはいろんな事件が、些細な事件が起こるもので、葬儀社の方々はいろ~んなケースに出逢っていることでしょう。
それらには目を開かずに、ただ亡骸に接してくださる。

『納棺夫日記』の青木さんは生活の為に仕事を探していて、「冠婚葬祭会社」の求人を見つけ、詳細を知らずに行き、あれよあれよのうちに就職してしまった。
忌嫌われる職業という事で、妻から拒絶されたり叔父から離職するように説得されたりしていった。
最近のTVでも、火葬場の建設を反対している住民の姿が放送されていたりする。そんなにも嫌われる職業なのと疑問に思うのだけど、イヤだと思う人がそれだけ多いっていう事実がある。
いずれは誰でもお世話になるものなのにね。
『納棺夫日記』では、職業に就いての日々、仕事に慣れてからのあれこれ、作者の宗教観・死生観が綴られている。
個人的に、作者の死生観・宗教観の話には読んでいて躓きそうになった。
読んでいて引き込まれたのは第一章と第二章。どうやら第一章が映画化された部分のようです。
「葬儀社の社員さんがここまでするんだ」と思う部分もあった。
縊死した仏さんを青木さんは下ろした事もあるらしい。……頼めるのだったら、お願いしたい事だ。
今からどのくらい前の話になるだろう。少なくとも十年は前になるだろうか。
私の従姉は愛情が薄いらしく、借金まみれになった従姉の旦那さんが春日部辺りのとあるお寺で縊死した。
そのお寺はいつも縊死されるという木があって、「またか」という雰囲気だったようです。
従姉は母子家庭で、母親が私の父の妹という関係になります。
そういう時の本家って本当に貧乏くじを引いたとしか思えないのですが、迎えに行ったわけよ。従姉の弟にあたる従兄と私の父と、父の姉の旦那とで。
父の姉の旦那は役に立たない人で、力士の様な体型をしているのに気が小さいやら、自動車の運転はできないやら。
従姉の旦那を木から下ろしたり、自動車の中で家まで従姉の旦那の身体を支えたりって事を私の父がやったらしい。
この話は、父が亡き後、母の弟である私の叔父から知らされました。
その事が父のトラウマになっていたらしく、家族には言わなかったけれど、眠れない日々を過ごしていたそうです。家では寝ていたふりをしていたのでした。
血は繋がらないけれども身内のそういう事をやるのは、如何にシンドイ事なのか想像できます。逆に他人の方がやり易いのではないだろうか……そんな事を思ったりもする。
青木さんの本では、警察が下ろすのを手伝ったというような記述だったかな。従姉の旦那のケースは、よくある場所でのよくある事だったから、いつものことで身内以外は誰も何とも思わない雰囲気だったのでしょうかね。
他人に対しては面倒見のイイ人が割を食うのは、どうにかならないでしょうかね。
ストレスから脳腫瘍になるケースもある訳で、他人への面倒見の良い父はストレスがいっぱいだったと今でも考えてます。
あっちゃー、また話が脇に逸れちまったよ。
『つみきのいえ』平田 研也 (著), 加藤 久仁生 (イラスト) ISBN-13: 978-4592761310
『納棺夫日記』青木 新門 (著) ISBN-13: 978-4167323028

April 19, 2009

一体、何が真実なのですか?


M氏関連本。
3月迄日テレでお昼に放送していた『思いっきりイイTV』で紹介されていたので、図書館から借りました。

これまでマスコミを通して知らされていた事柄と、ちょっと違う事実が書かれています。
一番驚いたのは、M氏はオタクではなかった事実。
ずっとオタなんだと思ってました。いや、ロリコンという単語をはっきりと書いても良いか。M氏はロリコンでは無かったのだ。
一つの事に執着する人の事を「オタク」と言うならば、M氏はオタクになる。彼は、小中学校時代に見ていたTV番組を好み、それらのビデオを収集していた。それがニュースなどで放送された部屋の様子となる。
あの無数のビデオテープの山。あれは、地方在住の人たちにお願いして録画してもらったTV番組などで占められていたのだ。
イマイチよく判らないのは、M氏には性的関心が皆無だったという事。男性の身体の事は判らないから、M氏のようなタイプの人間が存在していられるのかがイマイチ理解できない。
「他人との接触が面倒な人は、そりゃいるだろうな」と思ったり、「だからって、自分の裁判に無関心なのはどうしてなのか」と疑問を持ったり。
兎に角、M氏は不思議な人なのだった。
人間、紙一重で生きているとも思ったりもした。

M氏の家では印刷業を営んでいて、M氏の祖父は議員をするような人だった。
昔の村社会では豊かな者が弱者の面倒をみるのが当り前な風潮があり、M氏の家でもそうだったようです。M氏の子守り役も兼ねて、障害者が印刷工場の手伝いをしていたそうな。
いろんな環境がM氏の祖父の死から一変し、そこからM氏がおかしくなった様です。雇っていた障害者の解雇も同時期だったみたいだし。
M氏は、M氏が起こした行動すべてを「おじいさんを生き返らせる為の儀式」と言ってました。親は子育てを放棄していなかった筈なのに、祖父との関係がかなり密接なものだったのでしょうね。
M氏にとっても、周りの人にとってもカリスマ性を持っていたみたいだし。だからこそ、弱者を雇ったりもしたのでしょう。

弱者との関係といえば、私の周辺でも「気に掛ける」という事は自然に行われていました。正確に言えば父限定かな。
父はアキちゃんとサンちゃんという知恵に関して問題のあるオジサンと親しくしていたのでした。このオジサン達は奇声を発したり問題行動を起こさないから、そういうものだと思っていたのだけど、自分が電車に乗るようになって世界が広がると不思議な人もいる事を知りました。そういう場合は「環境が悪いのかな」などと思ったりもした。
話が横道に逸れてしまったけれど、無関心は罪だと思う。
朝の挨拶をするだけでも、世界は良くなると思うんだよね。
『夢のなか―連続幼女殺害事件被告の告白』宮崎勤 ISBN-13: 978-4924718302
『夢のなか、いまも 』宮崎勤 ISBN-13: 978-4924718722

エログロナンセンス!


今お勉強に通っている所の事務局スタッフさんからお借りしたDVDです。
『モンティ・パイソン』って名前だけは知っていたのだけど、実際に見たことはありませんでした。
最初に『モンティ・パイソン』って言葉と出逢ったのは、小学校低学年で読んだ少女漫画で「あ、空飛ぶモンティ・パイソン」というセリフででした。
うわ~、早くも三十年も経過しちゃってるじゃん。
事務局スタッフさんは五十代の女性で、まあ三島フリークでもあるのですが、テレ東で『モンティ・パイソン』をご覧になっていたみたいです。

さて、この作品はBWでこのミュージカルになってます。不景気なのでクローズしちゃったみたいなのですが、かなり面白かったみたいですね。ブラックな部分も上手に表現出来ていたみたいだし。
兎に角、エロくて、グロくて、ナンセンスなお話なのです。
オープニングも作品に関係の無い映像が延々と流れ、いよいよ始まるとあまりのアホらしさに笑えます。
円卓の騎士アーサー王のお話なのですが、馬の蹄の音がして姿が見え始めると馬は無し。なんと、ココナツで従者が蹄の音を出しながらアーサー王の後を着いてきているのです。いやぁ、上手いっすよ。
黒騎士との場面では、アーサー王の強さに脱帽。きっとこのシーンはTVで放送するのは難しいでしょう。だって、黒騎士があんな状態にされちゃうんですもの。「……どんな?」と思われた方は、是非是非『ホーリー・グレイル』をご覧くださいまし。
お色気シーンもあったり、最後のオチに目を丸くしたり。
あっと言う間の90分間でした。
途中、現代の歴史学者の姿が挿み込まれていて不思議に思っていたのだけど、だんだんと理由も明らかになります。
DVDには特典映像もありまして、撮影したお城を探究する旅の風景があったり、ミュージカル「スパマロット」メドレーも。私は探究の旅とか一部しか見なかったのだけど、いずれDVDを購入する予定なので、じっくり見られる日を楽しみにしていたりします。
エノケンとかのエログロナンセンスとは違うけれど、でも、この作品を見て最初に思った言葉が「エログロナンセンス」でした。
モンティ・パイソン・アンド・ホーリー・グレイル デラックス・コレクターズ・エディション [DVD] ASIN: B001493F12

April 09, 2009

「スピットファイヤー・グリル」ってタイトルにしないのは何故?


アマゾンで検索しただけで、これだけの商品がヒットします。
何故、まとめてないのだ?
夫々にレビューが書かれていて、参考になります。

5月にあるミュージカルのイベントが映画館で行われました。
ミュージカルの原作となった映画を観ようっていう事だったのです。
この映画は有楽町で単館上映だったみたいですね。単館って事はシャンテかな?
さて内容。
いや、その前に、何故タイトルが『この森で、天使はバスを降りた』なのか。
主人公を「天使」としたのは判る。ただ、『スピットファイヤー・グリル』という原題を変えたのはどうしてなのでしょう。
ストーリーはスピットファイヤー・グリルを中心に進んでいく。そのままのタイトルで構わないと思うんだよね。

雄大な、壮大な自然の中での閉鎖された町に住む善人たちのお話。
悪い人も出るは出るけれど、でも根本は良かれと思ってした行動だった。
さて、この大きな自然を舞台上にどのように表現されるのでしょう。
自然の中で話が進む作品というと『天涯の花』を思い出すのだけど、あれは殆ど自然は感じなかったんだよねぇ。ただの田舎のお話って感じしかしなかった。
限られた板の上で、雄大な自然を表現するのは難しいよね。

私が泣いたラストシーンは、芝居では変わるらしい。
主人公の結末がどうなるのか。
新しい人生を共に歩む人がいるのだろうか。
気になるところである。

April 08, 2009

やっぱりオーディオドラマに行きたかった。


2月下旬だったか、ある劇団でオーディオドラマの公演がありました。
仕事の関係で行けなくて、でも行きたかった公演でした。
三作品をリーディングされ、その中の一本が、この文庫に収録されている作品でした。
太宰治ってあまり読んでいなくて、これも何かの縁かと思い手にした。
「無理してでも行けば良かった」
そう思った。

オーディオドラマって、この劇団で使用している名称なのかな。
実は今週、ラジオドラマを聴いている。
知人が書いた作品だからなのですが、これが意外と面白い。
芝居でのリーディングは視覚的要素もあるのだけど、ラジオドラマは聴き手の想像を膨らませる。
今夜は『十戒』で海を割るように人々の集団が二つに分かれるシーンがあった。
この原作も図書館で借りようか。
『お伽草紙・新釈諸国噺 (岩波文庫) 』太宰治 ISBN-13: 978-4003109069

川柳への扉を開けてくれた人。


この作家さんとの出逢いは、とあるお食事会でした。
初対面の人は苦手な私なのですが、同じ北関東出身という事もあって少々親近感が湧いた人でした。
そのお食事会が無ければ、いろんな場でニアミスするだけの人で終わってました。
あ~、送別会の時にもお見掛けしてましたわ。
9割以上が女性という中での数少ない男性だから、否が応でも顔を覚えていたんだ。

mixiでマイミクになっている関係で、作家さんのお友達関係の公演のお誘いやら、川柳句会のお誘いを受けました。
結果として、川柳句会に足を運ぶようになったのでした。
劇作って面で、知らなかった道を切り拓く手助けをして頂いた感じなのです。

さて、この本。
鉄オタとは縁遠い人生を歩んできた私には、「へ~」とか「ほ~」とかで終了。
こんなに鉄ちゃんだったなんて(苦笑)。
特筆すれば、各節の冒頭に書かれている川柳が面白かった。
以上。
「モハ」

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