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September 26, 2007

マヒしてきた。

セクハラおやじのセクハラ発言は続いているのですが、人間というものは恐ろしい事に順応出来るようになっている。
認めたくない〜〜〜。
でも、マヒしてきてるのです。
どうやらセクハラ上司は狙いを定めてきたらしく、今度は外資系勤務のOLらしい。
とにかく、「頑張ってくれ」の一言のみ。そう、上司が彼女と上手く行けば職場の雰囲気も良くなるのであるから。
それにしても、いくらプヨプヨしているからといって、私の二の腕を触って楽しむのはやめて頂きたいものだ。
そういえば私の記憶が確かならば、私のプヨった二の腕を触った事があるのは友人の旦那様と、この上司のみだな。奇特な人もいたものだ。

September 25, 2007

へたれな私。

昨夜は5期の方のblogを発見。
5月にあったリーディングの時に隣の隣に座られていた女性です。
ほぼ毎日更新されていて、携帯で読むのは時間がかかります。
美味しいもの、特にスイーツがお好きらしく、写真と共に記事がアップされている。
私もデジカメ欲しい(T_T)

さて、本来はこの時間、バイトの面接を予約しておりました。
なのにblogを書いている。
昨夜キャンセルしちゃったのでした。
ネットで調べると運営会社の評判がイマイチだったり、モンスターペアレンツに怖じ気ついたのです。
自分と同世代の親達。
怖い……。

まぁ、そんなわけで午前中半休を頂いていたので、これから出勤です。
東武線、駅に着いてから知ったのですが、早朝の人身事故の影響で少々ダイヤが乱れていたのですね。
早めに家を出て良かったです。多分、間に合うでしょう。

昨日は何をしたのか記憶が無い。
寝てた感じ。
寝ても覚めても、いろんな事を考えたりするけど、劇作に対して本腰をいれないとな……とは考えています。

体脂肪の減少は停滞し、脂肪計は軽肥満を示すのみ。
いつになったら標準になれるのだろう。
食生活の改善も必要か。

September 24, 2007

友人の公演が目白押し。

10月、11月と公演が続く。
幸い、お値段的にお財布に優しい価格なので行けます。
ただ、行くとしたら「手ぶらでは行けないんだろうなぁ」という感じ。
和菓子でも良いのかなぁ。

September 23, 2007

頭痛い。

お彼岸に入り、ようやく涼しくなった感じです。
問題は、気候の変化による頭痛。
電車に乗り過ぎたのか、疲れが出たのか、偏頭痛に悩まされてます。
最近、仕事帰りの観劇ばかり続いていたからかなぁ。それも、ストレートプレイなのに通っちゃいました。
作品名は『ディレクション』。劇場に三度ばかり足を運んでしまった。
一回目では注目できなかった、冒頭の様々な演技。ニ度目になると、「あ〜、なるほどぉ〜〜」「ふむふむ、そういう事か」と見えてくるモノがある。それが楽しくて。
決してお安くないチケット。チケットの神様に感謝なのである。

今現在も三連休の真最中。
土曜日は仕事でした。
午前中に行事を済ませ、午後は十月分の作成。でも、頭が働かない。一時間半を二人で分担していこうって話になっているのだけど、どんな風に分けるかでも頭を悩ませる。分け難いテーマだったりするからねぇ。でも、一人でまるまる一時間半もやるなんて目眩を起こしそうなのでした。

今日は、お台場まで遠出。
青海のヴィーナスフォートへ向かう。
携帯で、お安く行くルートを調べると、有楽町線で豊洲まで行き、豊洲からゆりかもめに乗るのが一番安かった。
これまでは、新橋からゆりかもめに乗換えていたのだけど、電車代がちょっと違ったのね。
有楽町駅から有楽町線に乗りましたが、豊洲まで近かったのねぇ。
ヴィーナスフォートへ行ったのは、今日で三度目。
一度目は、十年くらい前のクリスマス。友人達とお上りさんツアーを計画し、行ったのです。隣接している観覧車に乗ったらモエエシャンドンをゲットしたんだっけ。
ニ度目は、仕事で国際展示場へ行き、その帰りに職場のおばちゃんとヴィーナスフォートに寄った。ランチをご馳走になったり。あの時は、お世話になりました♪
そして今回。とあるミュージカルのイベントがあり、抽選の結果、招待状が届いたのです。409名の応募に50名の当選。
ただ、椅子に座らなくても良いのなら立見で見られました。イベントスタートの時にはモールで仕切られた外側にはギャラリーが山程。
小一時間のイベントだったから椅子に座った方が楽だけど、落選しちゃった人でもヴィーナスフォートに来さえすれば楽しめたでしょう。
ヴィーナスフォートのオープンスペースだから、周辺の飲食店の食器の音や、赤ちゃんの泣き声、いろいろなざわめきが多い中でのイベント。報道関係のマイクに入ったりしちゃわないのかなぁ。
今回のイベントで、再々演ではキャストが客席に降りるのではという予感をさせた。
帰りのゆりかもめでは、アンサンブル四名と同じ車両になる。私は知っている顔だけど、向こうはただの観客の顔など判るはずもなく、裏話をし始めかけた。アバンティのように聞き耳を立てようとしたら、マンションの話に変わる。残念。
豊洲から有楽町。
有楽町に来たからには、レベッカのちらしゲットと、M!の残席状況をチェックしよう。
地上へ出ると、タイミング悪く幕間でした。
喫煙スペースに溢れんばかりの女性。いつもの劇場前と雰囲気が異なっていて、はっきり言って恐い。ジャニファンって喫煙者が多いのね。
ホワイトボード前に立っていても煙草の匂いが酷い。
さてM!。売れてるじゃん。
平日ソワレでも売れてます。
当日券狙いだったりもするのだけど、17:45でも行ける人は行けるのね。羨ましいです。私の場合、定時に出て18:00。頑張っても17:50に入れるかどうかだもんなぁ。一時間休をとって劇場へ行くのも⋯⋯。
まだ有給は22日あるけど、人間、いつ何が起こるか判らないからバンバン使うのも不安。でも、時間休ならそんなに関係無いか。

家に着くと17:00ちょっと前。運良く『笑点』を見る。『笑点』を見る為に寄り道しなかったと言っても過言では無い。キクちゃんのW襲名を見て、大喜利を楽しむ。幸せな日曜日に過ごし方だと思われる。
その後、キャンドルの余計なロウを削ったり溶かしたりして体裁を整え、玄関に飾る。あまり手を加えない方が自然で良かったかも。

明日は連休最終日。家でゆっくりと過ごします。

September 22, 2007

一次通過?

別の友人のblogを見ると、めちゃくちゃ喜んでいる様子。
何かの一次に通過したんだろうなと予想する。

この時期だと、やはり尼崎かなぁ。

September 20, 2007

一日、フリーでした。

暑さ寒さも彼岸まで。
このセリフを、今日は何度聞いた事やら。
今日は彼岸の入りでしたので、夏休みを頂いて、お墓参りへ。
早い時刻は暑いので、15:45に家を出る。歩いて行ける距離だから、ものの数分でお墓に到着。
毎月、お寺さんへ行っている感じでもある。法事とお盆とお彼岸と。
墓地を歩くと、墓石を新しくした家もあれば、空き地になってしまった場所もある。こんな所にも世代交代があるみたいです。
今度、お墓参りに行くのはいつの事やら⋯⋯。
母はね、お掃除とかでマメに行ってるんですよ。でも、私は、お彼岸とかっていう時でないと行けない。
まぁ良いけどね。

今月は、マメに劇場へ足を運んでいるんだけど、パンフレット代を考えると莫迦にならないのよね。
そんなわけで、月末にアルバイトをする事にしました。
とある試験の試験官です。
学生時代のアルバイトで模擬試験のバイトとかしてみたかったんだけど、ご縁がなくて、社会人になって初です。
アルバイト代は、来月になるらしい。
試験会場の設営をする必要もあり、ちょっと楽しみでもある。
問題は、スーツ着用。
体脂肪の減少は停滞気味。なるべく歩いたり、電車の中では立っているように心掛けているんだけど、スタートだけが好調だった模様。
一応、何となくではあるけれど身体が軽くなった気がするので、このまま頑張って腹筋を鍛えるつもり。
先日観た『ディレクション』では、日本人の父とスペイン人の母を持つマルコが「スペイン人は、ぽっちゃりが好き」発言をしていたけれど、ここは日本だ。
ぽっちゃりフェチのいるスペインじゃないんじゃ〜(泣)。
でも、スペインには本当に、お腹のぷよぷよに欲情する人間がいるのだろうか?疑問。

今度の休日には、バイトの時に着るスーツ選びに時間を費やそう。
母のスーツを着れば良いやと考えている自分がいます。
今度のバイトでA席での観劇が出来そうです。

September 19, 2007

未熟(by 里中ゆいか)

あっという間に三連休は過ぎて行った。
無駄に日々を過ごしている自分。
楽しい観劇ライフは珍しく眠っており、母とゴロゴロ〜ンと自宅で寝ていた。
休日に寝ていちゃ、お腹まわりが逞しくなって当然なのである。

土曜日は、朝から旅行番組をザッピング。
日曜日は、気付くと昼寝をしていた。『笑点』の時刻には起き出す。この笑点、やはり小学生に人気だそうだ。大喜利ではお決まりのパターンがあるんだけど、それを予想しながら見るのも、これまた楽しい。この回が「キクゾウ」最後の放送でした。来週は「キクオウ」なのね。
月曜日。今年はこの日が敬老の日でしたね。前日に母に頼んで敬老の日限定のお菓子を購入してもらい、それを食べていた。
外出したのは月曜日。

先ず、区間快速電車に乗込み上京。
一路、新宿を目指す。
某カルチャーセンターで秋の体験フェアがありまして、そこに足を運んだのです。新宿コマの北側。なんとワンコインでOKって事で、8/29に申込んでいたのでした。
私が申込んだのは「手作りキャンドル」。ネットでキャンドルの写真を見て、興味を持ったのでした。
しかし、実際に出来上がったキャンドルは⋯⋯つくづく、私って才能ないのね。センスが無い。
おまけに、殆ど講師にやっていただいちゃったりしまして(苦笑)。
いや、時間に遅れた自分が悪いのです。
カルチャーセンターに500円を支払い、教材費が1000円。合計1500円で1時間楽しめました。キャンドルも3種類作る。
10分くらい遅れたものだから、私は材料を型に流し込む作業のみ。ハハハ。駄目じゃん。
まぁ、自己満足も出来ない出来栄えですので写真のアップはしません。惜しみも無く使っちゃいます。使ってこそのキャンドルだし。
そういえば、カルチャーセンターに500円を支払ったわけですが、引換にタオルを渡されたので、行って得している感じはします。そもそもキャンドルの教材費だって、自分であれだけ揃えようとしたら1000円じゃ無理だし。
講師は同郷のはずなんだけど、関西に長く住まわれていたからなのか、その片鱗は垣間見られず。
思ったのは、キャンドル作りはマイペースで作れる環境が必要。時間を決められて作るモノではないって事。
通常は2時間の講座みたいなのだけど、じっくりと冷やし固めるのを考えると、そのくらいの時間は必要なのよね。焦ると穴が空いてしまうし。
容器にギリギリまで流し込んでも固まると沈んでしまうから、数回に分けて流し込む必要もある。
当り前の事だけれど、いざ実際にやってみるとそういうモノなのよね。
市販のキャンドルを見る時は、そんな事も考えながら眺めてしまいそうです。

講師から小田急の紙袋を頂いて、向かった先は松屋。
恥ずかしかった。
松屋のお買物券があったので、ウォーキングシューズを買いに行く。
銀座の松屋って地下のパン屋さんに行くくらいだけなので、初めて上の階へ上がる。
面白い作りになっているのねぇ。
スポーツ用品売場に行くと、ウォーキングのコーナーがあり、様々なタイプの靴が並んでいた。
テレ朝の『ちぃさんぽ』を楽しんでいる私はヨネックスのウォーキングシューズを購入しようかなって思っていたんだけど、松屋はアシックスonlyだったのね。
量りがおいてあり、靴の重量を量ると(実際に手にするだけでも軽いのは判るのだけど)かっる〜い。
片方で200グラム前後なのね。革製だと250グラムくらい、軽いやつだと175グラムくらい。
トレッキングにも使えるタイプだとソールが堅く厚く作られているから重みはあるので、街を歩くのなら軽くて、そして足に衝撃の少ないモノが良さそう。
靴売場なんて久々だから、あ〜んな事や、こ〜んな事までしてくれるスタッフさんには脱帽。汚い足なのに申訳ないです。
仕事に行く時にも履ける革靴を選んだのだけど、革は柔らかいし、軽いし、歩くの楽しめるかなぁ。劇場に行くのが多い私は、靴音がしない靴をなるべく選ぶようにしてます。

買物を済ませ、再び新宿へ。
カルチャーセンターから銀座に行く時は、劇場の下見を兼ねて新宿御苑前まで歩いた私。銀座から新宿御苑前まで戻る。
銀座と新宿って近いんだなぁって実感しました。
友達が四谷から銀座まで歩いた話をした事があって、それを聞いた時は「うへ〜」と驚いたんだけど、可能な距離だよね。
当日受付が始まるまで時間があるので、夕食にする。劇場近くのジョナサンへ向かう。
根菜のカルボナーラを注文するが、私よりも後から注文した人が食べ終って店を出た頃に来る。おいおい。
カルボナーラはカルボナーラとは別の物体で、クリーミーさは失せていた。固い卵が麺に絡まっていて、滑らかさはどこに行ってしまったのだろうか。
17:20頃にジョナサンを出て、劇場に行く。
まぁ、観た芝居が面白かったから良しとするか。
収穫はあったわけだし。

そんなこんなで、自分の未熟さを感じた月曜日だったのでした。

あ⋯⋯キャンドル。
恵比須でも同じ講師で教室が開かれています。1日体験があったりします。申込んでみようと思ったんだけど、お洒落な街・恵比須で浮いてしまわないかどうか心配です。
あぁ、どうしよう。

September 18, 2007

素敵なお兄さんは好きですか?

はい!


急にどうした?とうとう気がふれたのかって始まりをしてしまいました(^ー^)
いやぁ、珍しく舞台観て一目惚れしちまいましてね。
作家さんは、フラガールの脚本を書かれている方で、興味を持ったのがきっかけです。
ご縁があって足を運んだという次第。

内容はですねぇ、最初は散漫な感じがしたんですけど、どんどん引き込まれていきました。
客席の雰囲気から、リピーターが多そうでしたね。
で、主役のファンがリピってるのかなぁ〜という印象。
そして、主役を演じたお兄さんから目が離せない自分がいたわけです。
すっかり、劇団の罠に嵌まってしまった。

狭い空間の目の前で演技されて、瞳にフィルターかかっちゃってるせいかもしれないのだけど、次回公演も行っちゃうよぉ♪小劇場だからチケット代も手頃だし。

観劇後、ネットの大海原をさまようと、かつて(兄に聞いてみると10年くらい前の)特撮に出ていて、今は昼ドラ出演中の旬なお兄さんだと判る。
Kさんに推薦メールしようと思ったけど、きっとチェック済でしょう。
hip-hopのダンスはOKだけど、歌は未知数だし、ミュージックよりストレートプレイで観たいぞっと。

September 17, 2007

最近の事。

勘は良い方です。
でも、自分関係、特にレンアイ関係では眼が曇ってしまいます。

最近不倫を清算したという上司がおやつを運んでくる。
「色気より食い気に走ったのかな」
なんて思って気にも留めていなかったんだけど、
「アプローチしているわけじゃないから」
と、釘を刺してきた。
……そういう風に見られていたのかと思うとゾッとした。
油断しないようにしよう。

食べ物に釣られやすいと見破られてる自分も反省。


おやつのせいではないけれど、お腹まわりが厳しい。
スーツがきつい。
愈、運動することにした。
腹筋をイジメル。
今日で4日目。
昨日、起床してすぐに体重計にのると-1.2(^_^;
いかにプヨッていたかがお判りになるでしょう。
ふとけりゃ、すぐに減るのである。
体脂肪計は、「肥満」から「軽肥満」を指すようになった。
効果覿面。
「標準」を指すまで頑張る予定。
それにしても、35を過ぎて激太りには驚きなのであります。
母は、更年期になるまでスタイルは良かったのに。どうやら、体型関係は父の家系を継いだらしい。父の姉達は、寸胴タイプなのである。
嫁入り前なのに、ぶざまね。

September 15, 2007

応募していませんが、何か?

昨日の友人のblogを見ると、近松一次の結果が出たらしい。
彼女、前回の近松では一次通過していたんだけど、相性がいまいちみたい。

唐突に近松の話題から入った理由。
戯曲科6期の方が、「近松賞 1次」で検索されて、ここに辿り着かれていたもので。
期待外れで、ごめんなさいね。
それと、「恐い」と思わないでくださいませ。その方、情報系の大学を卒業されているようですが、私も情報系を操る学科でしたので。
つーか、データを照らし合わせれば簡単に判るわけで(苦笑)。
きっと、その方も応募為さったのでしょう。
私の時は届いていなかった募集チラシが、後の期には講座に届いていましたしね。それを見た時はジェラシー感じちゃったのものさ。

仕事の兼合いとか自分自身の精神状態、家庭環境等で書ける時・書けない時があります。
そりゃね、賞の締切があるってなると心がざわついたりします。でも、書けない時は書けない。
講座や指導者がいない今、そういう賞へ応募するっていう気持ちが前へ進ませたりするんだけどね。
ただ、今の私には書き癖をつけるのが先決。
一度、書く習慣が無くなると、こりゃまた大変で。

そんなわけで、書いている人は休まずに書き続けてくださいませ。

September 13, 2007

求職中では、あるのです。

来年度の予算請求の時期が来ちゃいました。
上司から「購入希望品をまとめておくように」と言われ、「ど、どうしよう」と心の中で焦っていたりします。
私には指導力が不足しているのに、続けて良いんかい?

仕事にも観劇にも充実した日々。
日曜日の観劇は、あまりの疲れで記憶を失いかけた。
ポケ〜としていた為、帰りに三省堂へ寄ろうと思っていたのをど忘れしてしまい、アホな時間を過ごしちゃいました。
観劇しながら「三省堂で、○○○の単行本を購入しよう」って決めたのに、私が向かった先はビックカメラ。そこでDoCoMoのカタログをゲットし、その足でマクドナルドへ。
有楽町ビルB1のマックに行くと、混み混み。
「あ〜、『夢男達』が終ったばかりだしね。17:00になったら人が減るよね?」
なんて思い、そして「日曜日はお休みしている国際ビルB1のマックだって、稼ぎ時のはず」と考えて、そっちに足を延ばす。
ええ、openしてました。でも、やはり混み混み。
購入だけしてメトロに乗ったのでした。
メトロに乗って、『夢男達』は18:00開演だって知り、そして、三省堂に行くのを忘れていたのを思い出す。
健忘症?アルツハイマー?それとも疲れ過ぎ?
まぁ、それなりに幸せな日々を過ごしてます。

さてさて、今夜は前々から注目していた、とあるテーマパークのアルバイトに潜り込んでみようなんて思い立ち、webで応募してしまいました。
お給料は、はっきり言って安いです。
でも、やりがいはありそう。
自宅から通うとしたら有楽町経由かな。
ゆ、有楽町ですか。某劇場の真下じゃありませんか(笑)。私の職場選びの基準はお濠端なのが笑えます。
時給は安いけれど、交通費が支給されるのが嬉しいです。
そもそも、まだ決まったわけじゃないんですけど、こんな風に、様々な事を想像するのが楽しくて。
所謂、妄想ってやつですね。

September 12, 2007

私は干物。

日テレの『ホタルノヒカリ』を数回見て、「こんなの当然」と思った私は、御多分に漏れず干物女である。
世間一般の三十代独身女性は大概そうじゃないか⋯⋯なんて勝手に思うんだけど、それは否定する方が多いでしょうかね。
芝居を観るのが趣味になっている私は、観劇の為だけに休日に上京し、平日は自宅と職場の往復時々観劇のみ。
でも、それで満足な日々を過ごしているのよね。こりゃ晩婚に拍車がかかるわけだ。

丁度まるまる一週間空いてしまったので、その間に起こった私の日常をば。

6日(木)
「夕方には関東に台風上陸するかも〜」って事で、朝から徒歩で通勤。
朝はそんなに降っていなかったんだけど、でも頑張って歩く。
土曜日にある仕事のリハーサルをしたり、第4土曜日にある事業に使う資料を集めたり、そんなこんなで帰る時刻に。
スペーシアで帰るのも考えたけど、なぜか貧乏なのでいつもの電車に乗込む。
家に到着して暫くすると豪雨となる。なんか、私って運が良い?

7日(金)
いつもだったら家を出る時刻、台風は群馬を通過中。桐生辺りだったかな。
自宅近くにもちょっとは影響があり、暴風雨真只中。
前日、上司から「遅れてきても良いよ」と言われていたので、遅刻の連絡もせずに遅れる事を決める。
いつもより30分遅く家を出る。風が強くてね、傘を持って行かれそうになる。「壊れるよぉ」と懸念しながらゆっくりと歩く。
橋を渡らないとならないんだけど、やっぱり、その時は緊張する。
私鉄は強くてダイヤは乱れず。凄いよ○武。
職場には1時間遅れて到着。びしょ濡れで電車に乗った私は、職場に着いてもちょっと湿っぽかった。到着した頃には雨も小降で、私のように濡れていた人は皆無だった。
午前中は風が強くて、窓の外の植木が風に大きく揺れていた。

夜は新橋演舞場で『憑神』。
松竹は、作品の選び方が良いな。
問題は、後ろの席のおばば様がご一緒されているお友達に幕間で大きな声でネタバレしていた事。
やめてくれ〜(T_T)
内容知ってても、興醒めしちゃいます。
出演者は、ハッシーと杏ちゃん、葛山さんくらいしかチェックしていなかったんだけど、行ってみれば芸達者さん達が揃っていて、それだけでも楽しめます。
何よりも脚本が良かったかな。
ただね、大劇場の演出となるとイマイチ。
芝居の始まりに「憑神」と書かれた旗が印象に残るんだけど、舞台に対して小さいのか、私の席(上手端)から後ろで役者さんが動く様子が見えちゃって「あちゃぁ」と思ってしまったのです。
もっと大きめな布にしてもらえると楽しいのに。初演の『エリザ』で使った布まではいかなくても、役者さんたちの姿が見えないサイズにしてほしかったです。
18:00〜19:15
19:45〜21:00
筋書1500円

8日(土)
仕事。
午前中の担当だけで疲労困憊な私。
楽しく遣れば遣る程に疲れる。体力が欲しい。
この日は午後にも担当があった。疲れていても見せないようにしないとならないよね。だからバックヤードに入ると机に頭を伏せて脱力。
「元気を貰えなくなったら、年よ」と言われても我関せず。疲れてるものは疲れてるんだもの。
観劇予定が入っていたので、1時間休を頂いて劇場へ向かう。

シアターアプル『Mr.レディMr.マダム』
ミュージカルなら『ラ・カージュ・オ・フォール』として有名ですね。
話題の太陽君が出演してます。
舞台装置には目が点になります。
沢田亜矢子さんの衣装は必見です。50歳は超えているでしょうに、着こなしてます。ああいうの女王様って言うんでしたっけ?ノリノリです。客席からは拍手も起こります。
実はこれ、初日の8月31日にも観てます。
チケットがお安く手に入ったりしたもので、通ってしまいました。歌舞伎町って一人で歩くには困る街なので、シアターアプルでは嫌なんだけど⋯⋯。
ゲイのお話だから新宿を選んだのでしょうか?
ハートフルなお話で、大好きです。
パパとママを演じたおじ様二人が素敵でした。スーツでビシッとキメて出て来ると客席から拍手が出るくらい。
客席の雰囲気は、芸術座のような畏まった感じは無く、「気楽に劇場に来てみました」といったもの。
関西弁風な奥様二人連もちょこちょこといらしたので、出演者のファンなのかなぁ。
ちょっと判らなかったのは、息子が「こんな僕が親になろうとして」的発言をするんですよ。赤ちゃんが授かったっていう前振りも無く出てきたので、これは原作通りなのか、それとも出演者に合わせて書かれたものなのか判らないのです。これは最初に観た時に「あれ?」と感じたので、8日にも注意して観ていたのだけどやっぱり前振り無くて。
こんなこと書くと、『ラ・カージュ・オ・フォール』を観ていないってバレバレですね。
だから『ラ・カージュ・オ・フォール』の台本を読みに行きたいなぁ〜などと思ったんだけど⋯⋯大谷図書館にわざわざ行くのも面倒だし、某製作会社の社員さんにお願いするのもずうずうしいし、悩み中。
『Mr.レディMr.マダム』でも「私は私」って台詞が出て、「やっぱり良いなぁ♡」と思った次第です。
17:00〜18:20
18:40〜20:00
プログラム600円(安!!!)

9日(日)
とある試験があって、いつもの通勤電車に乗込む。
余裕で会場に到着出来るだろうかと思っていたら甘かった。ギリギリ。
久し振りに全速力で走りました。心臓、バクバクでした。テストは散々でした。

14:00〜15:30
博品館劇場『The Guys 消防士たち-世界貿易センタービルは消えても-』
9.11目前って事での公演。
翻訳が堅すぎ。
翻訳された方は、翻訳家だからやむを得ないのでしょうか。翻訳を基に再構築、いや、言葉を変えるだけでも寝てしまう人を防げるはず。

10日(月)
また日常のスタート。
22日に使う説明図作りが始まる。毎日毎日同じ事の繰返し。
フロムエーキャスティングに登録したものの、連絡が入るのは仕事をしている最中。留守電をチェックしても乗込む電車が来ちゃうし、これに乗るといつもより早く帰れると思うと折返し電話が出来ない。
家に着いてから電話すると「明日、9:30以降に⋯⋯」というメッセージが流れるのみ。
結局、来週やれそうな仕事は他人に回っていた。
最近、食費が嵩む。

11日(火)
今日も、一日を生延びた。

夜は新宿の中劇場へ行く。
ここは講座のスタッフさんが出た舞台を観に行ったり、友達の付き合い観劇で行った事がある劇場。
初めての劇団だから、ワクワクしながら上演時刻を待った。
最近は大劇場の芝居も書いている劇団でもあるから期待でいっぱいだった。
開演10分前、出演者が舞台上や客席を歩き回る。小劇場出身らしい演出だなって思う。
開演すると⋯⋯「これでも良いんだ⋯⋯」なんて自信を付けさせて頂いたよ。
正直、自己満足な世界。
でも、帰りに電車に揺られながら2chとか劇団のサイトをチェックしちゃったんだから気になる劇団ではあるんだろうな。
主演の女優さんが演出もされている。正直、歌も上手い。私の好きな部類の歌い方。伝わるモノがあって、鳥肌立ちまくりだったのでした。
路上パフォーマンスをする事もあるらしいので、機会があれば足を運びたいなって思う。
はっきり言って内容無いけど、クセになる劇団でした。
上演時間は2時間強。

これが私の一週間でした。自腹は都民劇場で取った『憑神』のみ。
なのに貧乏なのは、どうして?
あ〜、憑神の貧乏神がとり憑いた?

September 05, 2007

どんなblogをやっていたのか。

この2年間にやっていたブログは、これと殆ど変わりは無く日々の雑感を綴っていたもの「と」アフィリエイトでした。
アフィリエイトは「ブログエントリー型アフィリ」なんて呼ばれているもの。ブログで商品や会社について記入し、報酬を得るというシステムです。

日々の雑感を綴っていた方は友人にもURLを自ら知らせ、インタラクティブなものにしたいと考えて作ったものです。
丁度、講座の同期が立て続けにブログを立ち上げたので、それに乗った感じでもあります。
それなりに更新もしていたんだけど、どうも⋯⋯ココログフリーと私のPCの相性が悪いのか管理画面がなかなか表示されず、自分にストレスが掛かかるのです。
そんな訳で、精神的に余裕がある時のみになりがちです。
加えて、mixiのマイミクとなっている職場の方を通じて、別の職場の方にばれてしまい⋯⋯観劇記なんて書けず(T_T)
まめに劇場に足を運んでいるので、それを知られるとマズイと言うか何と言うか。
昨夜も
 職場Oさん 今日もどこかに?
 私 はい。
 Oさん 最近、まめね。
なんて会話を交わしたばかり。
そう、3連荘で観劇した事を書いていたからなのでした。
今週も金曜日から3連荘が決まっていたりもします。幸い、台風が上陸する日はチケットを取っていなかったのでした。
これまで以上にプライベートな事に関しては書けないかな⋯⋯なんて感じている最中。だからこそ、古巣にシフトしてきたとも過言ではないかも。

アフィリエイトをやっていたものは、文章を書く練習も兼ねていたりします。
これには、あまり人に言わずにいた事柄を絡めて書いていました。
結構、力を入れて書いたものには特別報酬が付いたりして、それなりにやりがいを感じたりしたんだけど、最近は特別報酬はとんとご無沙汰。モチベーションが下がり気味だったりします。
文章の練習って考えていたんだけど、文章を練って書くタイプでない私には、文章を書く瞬発力が身に付いただけ。
それと、タイピングのスピードが早くなったとか(笑)。それは、冗談ですけどね。
報酬は、観劇チケット代へと姿を変えました。

チケットと言えば、最近チケット運が向上したのか、ご招待で観劇する事が増えました。
また、割引チケットが手に入りやすくなったり。
観劇を盛んにするようになって家計簿をつけなくなったんだけど、またつけ始めようかな。

September 04, 2007

今の仕事。

文句を言いながらも、今の職場にはかれこれ5年もお世話になっている。
現在6年目である。
私の三十代は、この職場と共に過ぎて行ったのだ。
そう思うと感慨深かったりもする。
社会人人生の中で一番長くいる職場でもある。

ふと嫌気がさして派遣会社に登録に行ったりもしたのだが、取り敢えず今年度いっぱいはお世話になる予定。
仕事内容は、今年度に入ってガラリと変わった。
2ヶ月に1本作るペースだったのが、2週間に1本の割合に変わったのだ。
ペースを掴むまでが一苦労だった。
正直、白髪も増えた気がする。一時期、抜け毛も酷かったので、もしかすると円形脱毛なんてしているかも。なんせ長髪だから気付かないのよね。

毎月第2、4土曜日が仕事っていうのは変化無し。変わったのは私の出勤日が基本、月火木金だって事。
昨年度までは月火水金。変更した理由は、木曜日に会議があるから。結局、その会議及び打合せには私は参加する必要が無くなり、変更したのは無意味だった。
今年度は、他人の都合に振回されてスタートした。その件で先が思い遣られたら、その通りになってしまった。
契約更新して後悔する日々のスタートでもあったのだ。

昨年度とは異なり、そうやすやすと勤務日の振替が出来なくなる。勤め人なら、それが普通の事なのだと学ぶ。
そんな事で、平日昼間に劇場へ行くって行為も難しくなった。
ホント、体力が無いし、夜しか観劇できないのは辛いのよね。
非常勤なんだから、もうちょっと緩くてもイイと思うんだけど。
なんせ、体育界系の方が上司になってしまい、何もかもが運動部って感じなのだ。

今年度も残す所7ヶ月。
作らなければならない番組は14本。
14本作れば解放される。そう思って頑張っている最中である。
今年度は6月から事業スタートだったので、まだ3ヶ月、6本しか作っていないのか⋯⋯。
先が思い遣られる。

兎に角、3ヶ月が経過して自分なりのペースも掴めたので、自分の遣りたい事も平行して遣って行きたいと考えている。
問題は、今年度から土曜日の手当てが無くなり、大雑把に言うと8000円のお給料減が生じた事。
超短期のバイトを月1、2日入れないと赤字になってしまう。貯金もしておきたいのだが、現状では無理なお給料だったりする。

September 03, 2007

これまでの2年間 その3。

母がステージ3aと判明し、そして医師から抗癌剤治療を勧められる。
父の時に抗癌剤について調べた事もあり「元気な細胞も叩くんだよ」と母に伝えたのだが、本人の完治したいという気持ちが強く、治療を受ける事を決める。
治療に先立って、髪が抜けるって話があり、調査開始。医療用カツラってそれなりにあり、金額もさまざま。でも、webサイトを立ち上げている所は都内だったりして、現実的でなかった。
舞台に使うカツラはどのくらいするのかを関係者に尋ねてみたりもした。舞台に使うのはそれなりに高額で、それでも安く感じたり。
結局、病院から紹介されたお店に行く。金額は舞台カツラの半分くらい。かなりお安く感じました。
準備万端で、手術後1ヶ月おいて入院する。
私が病院に行くと、母は元気に振舞うんだけど、実情は辛いものだったらしく、数日の点滴が終ると「もう二度とやらない」なんて決意表明してきた。
実際その抗癌剤は母には薬にならなく、リンパの悪い細胞数は変化なかった。苦しんだのに無意味だった。こればかりは相性だからやむを得ないんだけどね。
その後、母に聞くと抗癌剤は処方されていないみたい。でも、胃腸薬って渡されている中には⋯⋯(以下略)。
結局、幸いな事にカツラは使わなくて済み、押入の肥やしとなり、無かった事になってます。

それからは、傷を労りながら普通の生活を送っていた。
で、私が勝手に『放浪記』のチケットを取っておいたので、帝劇に連れ回す。今の帝劇にはスージングルームもあるし、観ていて気分が悪くなっても大丈夫だと思って。
この『放浪記』、芸術座最終日のチケットも取ってあったんだよね。母と行こうと思って。結局、父が入院中でそれどころじゃなく、私一人だけが日比谷に行った。
そのリベンジ、加えて森光子さんを見て元気になってもらおうと丸の内に引張り出したのでした。
1月に手術で9月に『放浪記』だし、大丈夫だろうと勝手に考えていたのが仇になり、それはそれで大変な事を引き起こしてしまい入院。
それがあって、今は兄から母を連れ回すのは禁じられていたりする。
簡単に言えば、腸閉塞を起こしちゃったんですねぇ。そりゃ、兄から禁じられて当然なのでした。

その後の母は2007年1月に目の手術があったり、高血圧で通院したり。
私は半年くらい血圧のグラフを付けさせられたのでした。

母の目はド近眼でして、最初のお腹の手術前に病院の廊下を歩いていて、廊下の端から端まで渡っていたコードが見えず引っ掛って転んでしまいました。
母は打ち身で手術前なのに痛くしてしまった。
コードの先の患者さんの安否は今となっては判らないけれど、緊急処置とかあって、有り得ない行動を医師か看護師がなさったのでしょう。無事だと良いのですが。
手術後に点滴をコロコロして歩かされる時でなくて本当に良かったと思います。
えっと、手術後は腸の働きを促進する為に翌日から歩かなくてはならないのでした。

それほどに目が悪いので、両目の手術をしたのでした。
同じ大学病院だけど病棟は異なり、そして食事も美味しかったそうです。
そりゃそうだ、目の悪い人の病棟だから、魚の骨も全て抜かれている。美味しくなかったら楽しみも無いし。
手術の結果、明るさは戻ったらしいのだけど、見え具合はイマイチ。
これ以上は良くならないみたい。

血圧は、70過ぎの老体だからどうしようもないのよね。
今はグラフを書く必要は無くなり、時々、自主的に血圧を計っている。
血圧の薬は服用していないから、日々の生活で改善しろって事かな。

現在は、第二外科へ通院して、眼科に行ったり、内科に行ったりって感じですね。
お買い物や家事をしていない時は、横になってゴロゴロ。私も母と一緒になってゴロゴロ。ゴロゴロしちゃ話をするという日常を送っています。
母は寂しがりやでもあるので、寝室も一緒にしています。だから、私が観劇で遅くなる時は寝ずに待っている。まぁ、寝ずに待つのは昔からそうだったんだけど、今は昔と違うんだから「寝ていて良いよ」と言っても起きてるのよね。

母の通院は毎週木曜日で、その通院日に私は家で留守番をする事が多かったのですが、今年度から私の休みが水曜日となり通院日を変更。それはそれで科毎に曜日がバラバラになり不便きわまりない。
今の野望は佐野のアウトレットに母を連れて行く事と、年明け直ぐのクリエである『放浪記』を観せる事。

こうやって2年間を振返ってみたのだけど、母については忘れている事が多いなと思いました。
手術後は2ヶ月おきに入院していた記憶があったのだけど、腸を詰まらせたのが9月っていうのが「あれ?」って感じ。
1、3、5⋯⋯9月だったのかなぁ。
この頃は、自分の勉強期間があったりしたものだから曖昧になってます。
blogやって日記なんて書かなくなってたし。

まぁ、これがこのblogに書いていなかった2年間です。
これからの日々がもっと違う面で充実していたら良いな。

September 02, 2007

何かご所望ですか?

せっかくですから、何かコメントでも残してみてくださいな。

これまでの2年間(続き)。

レミゼを観ても号泣せずに済んだので、「もう大丈夫」だと思っていました。でも、自分の内面に正面から向合うと⋯⋯まだまだ癒えておらず、どうしようもない自分がいます。
だからと言って、現状に留まってしまうのも進歩がない。
牛歩でもイイから進まなくては。

地元の個人病院に戻り、肺炎を起こして暫くすると「延命治療はご希望されますか?」という質問をされた。
忘れもしない、7月7日のことでした。
悩む。
一日、家族で相談をすることとなる。
病気とは無縁の元気な頃に父が「延命は希望しない」って言っていたから、その事を母に伝える。
医師が言うには「延命治療をしても本人は苦しい」らしいので、それも兄に伝える。
翌日、母が医師へ家族の考えを伝える。いくら何でも、その時の父には聞けないし⋯⋯。

入院し、私が行くと無理に元気を装うのか、翌日には父は発熱する。
行く度にそうなので、肺炎を起こした最後の1ヶ月は父のところに行くのを避けた。
行くと血圧も上がるんだけどね、でもその反動で体調を崩すのでした。

熱を出して「ふぅふぅ」している姿を見ると、悲しくなり、逃げていたのかも知れません。
目を開けているのも辛いのか、閉じている事が多い。でも、手を握れば反応がある。確実に意識はあったのだ。
だが、時間時間での看護師による体調チェックでは、意識レベルのチェックをするには手軽なので鎖骨あたりをつねっている。家族の前でも当り前の事のようにするその姿には溜息が出た。言っちゃ何だが、流れ作業の一環でしかないように見えた。

母は毎日病院へ行っていたが、私は足が遠のいたままでいて、ある日「自宅にいるように」って母から言われ、その時が来た。
その日、私は朝から掃除をし、母は家と病院を何度も往復し、病院から電話がかかり⋯⋯私が到着したのはとっぷりと日が暮れた後でした。
到着すると、医師が最後の確認をし、処置が始まる。
イツモノコトでしかないんだろうな。日常の一場面でしかない。そう思うと、ここで良かったのかどうかも疑問になったり。

つまり、「遣り切った」感のないまま後悔ばかりが残ったのでした。
だから、いつまでも自分を責め、泣き続け、三回忌を済ませた今でも泣いてしまい、情けないのである。
看取らなかった自分はどうしようもない莫迦で、父の世話だって満足に出来ない。
アホな親戚の態度も納得行かず、でもその怒りをぶつける場所もなく、2年前の8月は忘れたくても忘れられない1ヶ月になりました。

それからは、父の後を追うように件の伯父が年の瀬に亡くなる。
母が年明けに入院する事が決まった矢先の出来事でした。伯父の葬儀には参列は何とか出来ました。母の体調が心配だったのもあり、私は母と一緒に参列。
正直、母の顔色は悪く、私一人が参列すべきだったかも知れません。
当然、伯父の四十九日には我が家は誰も出席しなかったので、それで縁切状態だったりします。
母は伯父夫婦にいびられ続けていたので少々憎んでいたりするから、それはそれで構わないのでした。

さて、母の事。
父の看病を終え、それでも元気な様子をしていました。
父の事があり、毎年やっていた検査の時期が半年ばかりずれたのですが、内視鏡で検査。
すると、あっちゃいけないものがあったのでした。
地元の病院から、父が入院したのとは別の大学病院へ紹介状を書いてもらい、行く。
初診は私も付いて行った。
そんなに深刻ではないと私は考えていました。いつものごとく、内視鏡で済むだろうと考えていたのです。
大学病院の内視鏡で見た結果、開腹する必要があると言う。
寝耳に水って感じ。
正直、母のツルツルのお腹に傷が出来るのはショックで、何とかならないものだろうかと思っていたら、腹腔鏡手術を勧められたとの事。
お腹に数カ所の穴を開け、その穴から器具を射込み手術。
これまた病院の実績として手術数にムックに載るんだろうけど、経験も豊かそうだし、荒巻鮭になるよりは回復も早いので、それでお願いする事になる。

医師からの話では小さいものだし、不安はありませんでした。
母の手術予定日も、突然の肝移植手術が入って先送りにされるくらいだから医師側も軽く考えていたと思われます。
そして無事に手術日を迎える。
入院する際も、医師からの説明を受けるのも、そして手術日も叔父(母の弟)と共に病院にいました。
沢山時間があり、叔父からは父の事、母の事、いっぱい話をした。
いろいろと続いていて、気落ちしないようにって気持ちだったのでしょうね。
母が病室に戻り、叔父は家に帰り、私は母に付添って泊まりました。実は翌日、はずせない仕事があり午前中半休を頂きました。
以下、職場でのやり取り。
 私 すみません、土曜日に半休を頂きたいのですが。
 職場 どうして?
 私 病院から「付添いで泊まるように」って言われたんです。
 職場 普通、病院では泊まりたくても泊まらせてくれないのに。
 私 でも、医師から言われたので⋯⋯。
 職場 付添って何するの?何するのか確かめたの?
 私 ⋯⋯。
 職場 いなくても、病院で面倒看てくれるでしょ。
こんなやり取りがあったものの、向こうが折れて休みを頂いたのでした。今は、その発言をした方は義父母のお世話で大変みたいです。

手術した夜は、幸い急変なんて無く、ただ痛みに苦しむ母を励ますしか出来なかったのだけど、一つの山を越えられた事にホッとしました。
出産の方が楽だったそうだ。
翌朝、母に促されて朝食をとりに食堂へ行き、そして、仕事に向かいました。
私の担当を終えたら直ぐに帰りたかったけど、それは難しく、昔の職場だったら車で直ぐだったのにと思うと、母に申し訳なく思ったりした。

手術した晩には、母からとった部分を医師から見せられ、報告がありました。
ちょっと大きめなニキビ程度の大きさで、でもちょっと深くに根付いているかなという物体。
ついでに採った胆石はウズラの卵大で、痛みを感じる前に手術して良かったと思わせた。
数日後、組織の病理検査の結果、ステージ3aと判明。あんなに小さいものなのにリンパまでいっていた。
母は地元の総合病院に通っていた事を後悔し、私は脳に転移していないか不安になって泣いたり。まだまだナーバスな時期だったのでした。


このつづきは、また。

September 01, 2007

心機一転。

古巣に戻って来ました。
いろいろ考えはしました。別のところに契約して新たにスタートするとか。
でも、ここに戻るのが初心に戻れるような気がしたのです。

ここから離れて、いくつかblogをやっていました。抜けている部分に興味を持たれる方もいらっしゃるでしょうが、ここを訪問してくださる方は、やっぱりそっちにもアクセスされていますから、敢えてリンクは貼りません。

ここに戻ったって事は、つまり、再び書き始めようと思ったからです。
書かずにいると、ズルズルズルとそのまま書かずじまいで怠け者道を突っ走っちゃうんですよね。
そりゃあ、多少は書いてます。資料を探しに図書館へ行ったりもしてました。
でも、納得できなかったり、日々の生活に追われ、そして流されてしまってました。
だから、自分の事を書いて、自分の気持ちを整理させるって事をしました。その自分の本心をつらつらと書くblogもやっていたわけです。
ここのところ、無意識下でネガティブキャンペーンをしたらしく、暗部ばかり書いている事に気付きました。
だからこそ、その鬱積を違う形で表に出そうと思い立ったのでした。

さて、ここから離れた2年間の事を書きましょうか。

祖父母を失った時とは全く異なる感情で、日々、泣いてばかりいました。
「もっと何かできたのではないか」という思いで過ごしていました。
同居していた祖父母が亡くなるに対して、遣れるだけの事は遣ったと思っていました。だからいつまでもメソメソする事は無かったのです。
でも、父を亡くした時には「どうして」という気持ちでいっぱいでした。
「どうして行かなかったのだろう」「どうして笑いかけて遣れなかったのだろう」「どうして⋯⋯」
遣ろうと思えば行動に移せたはずなのに、どうして遣らなかったのだろう。

父の病は原発不明の転移性脳腫瘍でした。
手術をするのも無意味で、今思えば、大学病院の先生の飯のタネ(論文書き)の為だけに開頭してそして組織をとっただけのものでした。
組織を調べてどこかから転移した腫瘍だと判り、放射線治療をしました。そして手術後1ヶ月にして担当医は「遣れる事は全て遣った。これ以上の治療は無い」そんな事を口にし、病院から出るように母に言ったのでした。
日に日に弱っていく父を治療の術が無いと病院から出す。
医師としては、助かる患者を受入れて助けていきたいという考えがあるのは判ります。でも、父にだって何か治療する方法があるのではないだろうかと思うのが家族なわけで、何とか頼み込んで、もう少し病院にいられるようになりました。でも、90日。
病院もボランティアじゃないから補助金が出る最大日数しか置いてくれないのでした。
90日が近くなると担当医はせっついてきて「可哀想だと思って置いていたんですが」的発言もする。
何人かいる脳外科の医師の中で、家族との面談の時間を設けてくれる良い先生ではあったのですが、そのような事を口にするのです。
比較的若手だから、手術の実績を積みたいって思いも強かったんだろうけど。
読売新聞、朝日新聞で病院の治療実績に関するムックを毎年発行しているんですけど、病院毎に○○癌の手術を×件したという表が出るんですよね。勿論、私も参考にしたのですが。何年後かのムックには⋯⋯もしかすると既刊の冊子にあるかも知れないけど、父のデータも含まれるんだろうなって思います。

90日の壁は越えられず、地元の個人病院へ転院。そこは寝たきり老人を受入れるような病院でした。
大学病院へ入院する前に1ヶ月ばかり入院してはいたのですが、そこに転院後2ヶ月で逝ってしまいました。
合計3ヶ月しか受入れないのか?
その個人病院もね、転院後1ヶ月で父を肺炎にさせて、それで⋯⋯思い返すと溜息しか出ません。
人手不足なのか、看護師が遣る気無いのか、流動食を逆流させて肺炎。おいおい。
入院する時には、看護師さんたちの様子もチェックしておくと良いですよ。

大学病院に入院し始めた頃から、日々、父の言動はおかしくなり、やがて薬の所為か眠っている事が多くなった。
今思うと、頭痛に苦しんでいたんだろう。
下垂体部を冒していた腫瘍は、手術をして散らばったのか、右脳のあちらこちらで巣くっていた。
父の言動の不思議は、既に亡くなった知人が見えるって事。そして「亡くなっている」って伝えると「それはいつ?」と聞き返してくる。その部分の記憶が欠落してしまったのか、それとも、実際に見えていて信じられなかったからなのか。
父の兄である私の伯父は、そういったおかしな言動に対して「そうか、そうか」と返事をしていたが、私は出来ず、違う事を言えば「違う」と言っていた。


辛くなってきたので、続きはまた。

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