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July 25, 2005

プチ流浪の民。

23日の地震、凄かったですね。
私は職場で仕事をしていました。突然揺れ、そして広い部屋へ移動する。
余震もあり、なんか、帰れないかもという予感はした。
耐震工事をされた建物だけど、精密機械がデンとあり、振動により細かな部品の音がする。
広い部屋へ行き、棚から缶からが落ちて来る。ぶつからなくて良かったと思う。
ラジオをつける。イマイチ震度が判らない。
とりあえず、自宅に電話。直ぐに携帯からかけて良かったみたいです。暫くすると、不通になっていたらしい。
職場の人の旦那さんは、携帯が不通になってしまった為に公衆電話を探し、それから連絡をいれたという感じ。ほんの一瞬の判断で、出来る事も出来なくなってしまう。

さて、あんなに大きな地震があったのに、定時まで仕事でした。
夜当番の方から「駅は人だかりでしたよ」と言われていたので覚悟して、職場最寄りの駅へ行く。
⋯⋯東京メトロ、慎重。
駅ビル内のパン屋さんで食料を調達。
待ってみても、この人の山。気持ちが悪くなりそう。よって、さんぽすることにする。

千代田線へ向かって歩けばどうにかなるかな⋯などと思う。
職場最寄り駅から後楽園駅まで、徒歩で30分。
後楽園駅に立寄ってみる。人が多すぎ。駅員さんのアナウンスも、どの線が動いているのかハッキリしない。
後楽園駅を出て、東へ向かって歩く。
春日の十字路を過ぎる。若干、坂道になっている。
携帯で、交通情報を見る。
⋯⋯都営地下鉄が生きている事を発見。
春日駅を過ぎて、5分ばかり歩いていたのだが、戻る事に決定。
春日から蔵前まで大江戸線に揺られる。
非常に助かりました。
蔵前から浅草まで、やはり歩かないとならないのだけれど、先が見えているだけ幸せだと思った。だって、いつ復旧するか判らないのを待っている人たちがいっぱいだったのだから。
浅草に着くと、電車は動いていた。私鉄の強さを実感。
とはいえ、日光線へ入る準急電車はなかなか無い。
ふむ、特急に乗れば良かったかなどと思いを馳せるが、でも、またどこで地震が発生するか判らないので、伊勢崎行きの電車に乗込む。
焦らず、マイペースで行動すれば、電車の座席には座れるし、心の余裕も出来る。
とにかく、行軍の疲れを椅子に座ってとったのでありました。

ペットボトルの水は、2本は必要かなと学習した夏の日でありました。
今回は1本で、その中に偶々鞄の中に入れておいたアミノ酸を溶かし入れました。レモン水っぽくて、丁度良かったかも。

結果として、千代田線の復旧は遅かったらしい。
東京メトロは、日比谷線、銀座線が動くのが早かった。
都営地下鉄は、浅草線が動かなくなったらしい。
携帯で、交通情報をゲット出来ると、早い判断を下せる。

そうそう、最寄り駅から後楽園の駅へ行く途中で100円ショップを2件発見。
用事が無くなってから立て続けに見つかる事実にアッチョンブリケって感じ。

July 20, 2005

「うひゃ」って感じで、コピーと郵便局とクロネコを探して三千里。

つい先日、さくっと書いてさくっと応募してみました。
さくさくって感じです。

そしたら、今日、携帯にメッセージが吹き込まれてました。
ガビーン。原稿をコピーしたのだけど、読めんとな。あらら。
普通なら「応募書類不備」って事でゴミ箱行きのところ、わざわざお電話⋯。申し訳ありません。
しかし、

 至急

と言われても、職場には原稿を持ち歩いていないので、家に帰らないとならない。
朝から早退したかったんだけど、仕事も中途半端な状態なので、定時までいる。
通常なら浅草回りで帰るんだけど、少しでも早く家に着きたいので北千住に出る。いつもより小一時間早く帰宅出来る(いつも浅草回りなのは、座って快適に帰る為)。
春日部までずっと立ちっぱなしなのは、この際、我慢。

家に着く。
PCとプリンタの電源を入れる。
⋯プリンタのインク切れ。

コピー機に電源を入れる。
試し刷りをする。
⋯トナー切れ?

家の中で暴れる(嘘)。

しばし考える。

母から小銭ゲット。

とにかく、コンビニへGo!

7-11 1軒目。
コピー機を見る。
1枚1枚手差しか⋯。会社にあるみたいに、挿しておくと勝手に読んでくれる奴じゃないんだ⋯。

ローソン。
やはりコピー機を見る。
これまた手差し。

7-11 2軒目。
やっぱり手差し。
ここが郵便局に一番近いから、ここで作業開始。
意外と手際よく出来るものだ。我ながら感心感心。
780円の出費。

コピー完了。
郵便局へ向かう。
窓口が暗い。
案内板を見る。⋯⋯⋯⋯⋯20時まで。
その時、時計を見ると21時だった。

しばし思案。
⋯⋯⋯⋯⋯クロネコへGo!

自転車をこぎ、クロネコの集配所へ着く。
⋯⋯⋯あれ?暗い。
恐る恐る入口まで行く。
21時まで。

かなりのショックでした。この時、21時10分。
もう、入口をガンガン叩く気力も無く、再びコンビニへ向かう。

そんな訳で振出に戻り、7-11 1軒目へ。
21時22分に発送終わり。
しかし、相手先に届くのは22日。

全然、至急じゃなくて申し訳ありません。

July 16, 2005

覚悟をしろと言われても。

予定通りに進まない日々が続いてます。
先日は写楽考のトークイベントがあったのですが、自宅待機をしていたので欠席してしまいました。ごめんなさい。
明日は銀座界隈をマチソワする予定です。絶対休めません。休みたくありません。連休が続くから良いよね?ママン。
明後日は昼間、天王洲に行く予定があります。これも、めちゃくちゃ高倍率を勝ち残ったと思われるので、絶対参加したい。
19日は自宅待機しますから。お願いします、ママン。

今日も病院へ行ってきました。弱々しいものの握手出来たし、くすぐると反応が返ってくるし、目が覚めてると手の運動しようと努力しているし、一時期よりは良くなってます。
鎖骨辺りを見ると痣が数カ所ありました。病院では手っ取り早いからか、反応を見る為につねるんですよね。多分、つねられた部分が痣になってしまったのかな。赤くなっていて痛々しい。
栄養も点滴からのみなので本当に弱々しい反応しか出来ないんだけど、こちらから言っている事は理解しているから、後は父の気力あるのみ。諦めるのが早い人だったけど、なんとか乗越えてもらいたいものです。

July 14, 2005

尼崎から来た手紙、再び。

尼崎から来た手紙。こんな過去の書込みをせっせと探してしまいました。
えぇ、今回のタイトル通り、再び届いたのであります。
そんな訳で、折角ですから全文アップします。
個人名とかは、個人情報保護法とかがあるから伏せ字にします。

                                尼ち第 117 号
                                平成17年7月7日

○○ ○○○ 様

                                 尼崎市長
                                  ○ ○  ○

           第3回「近松賞」ご応募のお礼について

拝啓 連日厳しい暑さが続いておりますが、ご清栄のこととお慶び申し上げます。
  さて、このたびは第3回「近松賞」に、“○○○”をご応募いただき、誠にありがとう
 ございました。
  作品の受付は6月30日(消印有効)をもって終了いたしました。集計の結果、別紙
 のとおり海外2カ国ほか全国35都道府県から246作品にのぼる多数のご応募をいた
 だきました。
  今後は、8月末に一次予備審査、9月末に二次予備審査を行い、10月上旬に最終候
 補作品を決定したのち、12月2日に尼崎市内で選考委員会、翌3日に記者発表の予定
 でございます。
  なお、審査結果につきましては、改めてご連絡いたします。
  末文ながら、盛夏の折からくれぐれもお体をご自愛ください。
                                     敬具


今まで、戯曲賞で受理されたというお手紙を頂戴することがなかったので、ちょっと感動してしまいました。ちゃんと届いたのね。
あまりの嬉しさに、手紙を枕許に置いて寝てしまったら、翌朝しわくちゃになってました。もう、誰にも実物は見せられない。
今回は応募結果も同封されており、
 1 応募期間
  ・応募作品数
  ・応募人数          今回の一覧で、共同作品も応募可能だった事が判明
 2 地域別応募作品数(人数)
 3 年代・性別人数
 4 職業
が表になってました。近松賞のHPを見てみると、2の地域別応募作品数がアップされてましたね。
職業を見ると、「あ〜、あの人も応募してるのね。やっぱり」と思う職業があり、特殊な職業だとバレバレだわと感じました。
第1回、第2回の時の状況も一緒に表に書かれていたので、比較しやすいですね。
250近くの応募があって、それを集計されるのもかなりのご苦労があったのではないかと推測されます。
下読みさんが、どのような方がなされるのかが興味深い今日この頃であります。

続・地下鉄文学館。

6月9日に書いた 地下鉄文学館(汗)。結果が決まりました。
7月7日に粗品が届いたのであります。もう、笑うしかありませんよね。
7月4日(月)の夕方、半蔵門線に乗ると『ココロコロコロ』というタイトルの詩が車両の天井から吊り下げられていました。
  東京で感じる「あなたの心」をテーマにした詩等
というお題があったと思うのですが、全然関係ない詩でした。ま、良いんですけどね。

では、落選の通知文です。


拝啓 盛夏の候、ますますご健勝のこととお慶び申し上げます。
 さて、このたびは「地下鉄文学館」にご応募いただき、誠にありがとうございました。
つきましては慎重に審査いたしましたが、残念ながらご期待に添いかねる結果となりまし
たので、ご了承くださいますようお願い申し上げます。
 なお、参加賞として粗品を同封いたしましたのでお受け取りください。
 追伸 秋頃に第二回目の募集を行う予定でおりますので、またのご投稿をお待ち申し上
げております。
                                     敬具
           (財)メトロ文化財団 公益事業部 03−32××−××××


秋に向けて、何か書いておこうかな。

とりあえず、落着いたみたいです。

かなり更新できずにいました。
気がつくと、もう14日。七夕強化週間も終わり、一週間経過していたんですね。あっと言う間の一週間でした。
慌ただしい日々の所為で、日にち及び曜日の感覚が失せてました。
「治りました」と言われた肺炎が、実は全然完治しておらず、敗血症まで引き起しちゃったらしくてえらい事になってたのです。
もう記憶も曖昧になっているんですが、確か七夕の晩、仕事から帰って一息ついていた時に病院から電話がかかり「至急来てください」と言われる。いやぁ⋯『至急』という言葉はドキドキものです。
急いで母と病院へ向かう。
医師から伝えられた言葉によると「心不全(後に誤診と判明)を引き起しており、非常に危ない状態です」とのこと。病気の影響で尿崩症とかという名称の、人よりも尿が出てしまう症状がずっとあって、尿を抑える薬をずっと使用しているのですが、薬の効きが悪くなり、ここ数日、尿が多めだったらしいのです。
身体の水分がどんどん出ているので血液が濃くなり、心臓に負担がかかり心不全⋯という診断だったわけです。

ここまで書いて読み直すと、かなり混乱した文章になってますね。反省。

とにかく、7/7の夜中に突然電話をするよりも、事前に覚悟をしておいた方が良いだろうという判断での家族呼出しがあったのでした。
且つ、もしもの時の延命措置は如何様にするかという決定もその場でさせられました。

その週は土曜日までびっしりと仕事が入っていて、たいした仕事じゃないのにそうそう休めそうもなく、「やっぱり3月いっぱいで辞めときゃ良かった」と後悔しつつ帰路についたのでありました。
翌日の精密検査の結果、肺炎が完治していなかったと判明。心不全でないと知り、ホッとしたのでありました。
心臓がそのままストップしてしまったら、それで最期ですしね。

肺炎から敗血症を起こし、どんな容態になったのかというと、
・意識の低下⋯⋯もう、目も開けてられない感じ。
・血圧の低下⋯⋯昇圧剤を使っても上が80いくかどうか。
・呼吸が苦しい⋯そりゃぁ、肺炎だから。
他に、白血球の数の減少もありました。レントゲンを撮影すると、最初は右肺だけだったのが左の肺も白く写るようになったとか。
チューブからの栄養も入れられず、点滴で栄養補給しているところです。

一昨日、7/12に見舞いに行ったのだけど、人の声とかが判るのか、血圧も上が100行くようになったし、自力でちょっとだけど目を開けたりするし、起き上がろうとしたりもするようになりました。
身辺整理をしつつ、落着いた父を前に一安心したのでありました。

とりあえず、つぶやき終。

July 02, 2005

肺炎を起こしてしまいました。

ここんところ、日曜日以外休み無しの日々を送ってます。
いよいよ明日は休日だ♪

駅に着いたら「帰るコール(古)」をする私。
今日の母は元気が無かった。
家に着くと、父が肺炎を併発してしまったと聞かされる。
私が家に電話する直前に帰宅したばかりだったらしい。

明日、病院へ行き、自分の目で父の容態を確認したい。

丁度明日は遠縁の一周忌でもある。引張られているような変な気分です。

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