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April 29, 2005

レミゼ。

4月になり、初レミゼでした。劇場スタッフさん達の顔ぶれも、新しい季節が始まると共に、初お目見えの方もちらほらという感じでしょうか。

今回は、初・岸アンジョでした。明日が最後のアンジョルラスですが、貸切公演なのでチケットはカード会員などになっていないと手に入らなそう。
2階の一番後ろの列からの観劇だったから、オペラグラスも無い為に表情は見えないのですが、学生達の雰囲気が体育系の部活のノリ。なんとなくガテン系のアンジョだと思いました。運動部で仲間を引張っている。それをマネージャー風のコンブフェールがサポートしている。微笑ましい青春ってところでしょうかね。
いえ、決して嫌いな訳ではありません。
なんとなく、これ迄のアンジョって優等生、美し系な空気を醸し出す役作りが多かったじゃないですか。ただ、それだけです。
そうそう、客席の一番高いところから観ていたものだから、アンジョが砦から落ちる時、どんな風に落ちて行くのかがバッチリと見えてしまいました。
あ〜〜〜、力技って感じ?

明日は小鈴アンジョルラスを観てきます。

April 22, 2005

知人の出た舞台を観た感想。

『放浪記』観劇前日は、戯曲科の同期が出演した舞台を観に吉祥寺へ行って参りました。
いえね、別の同期の方から「観たら感想聞かせてね」と言われていたのですが、メール出来ていないもので、ここに書く事にしました(ネットに繋げるの久し振りなんですよ)。
携帯のメールは簡単に出来るのだけど文字数に限りがあるし、PCメールだとPCそのものを起動させない日々が続いているものですから。

さて、遠藤周作。
つい先日、戯曲を図書館から借りてきました。でも、まだ読んでいません。プライベートばかりでなく仕事も忙しかったりしたもので、電車の中では医学関係の本、職場の休み時間は仕事の本、って感じで時間が取れなかったんです。GWになれば読めるかと期待しているところです。
だから本当は、戯曲を読み終えてから感想をとも思っていたんですけど、それはそれ、これはこれって事で。
同期の本人から手紙が公演日に届き、帰宅後に読んだところ、原作をかなり端折っているとの事。確かに、観ていて人の感情がブツッと切れるような感じを受けたりしました。
「この場面であの人が出ると良いんだけどな」とか、「ここのシーンは唐突すぎるよね」とか。
既におよそ1ヶ月が経過しているので、私の記憶も曖昧になりがちですが、知人が出ていなかったら、かなり腹のたつ舞台でした。

とある劇団の卒業公演なので、演劇初心者が集まっている訳ですが、「この1年間、何やってたの?」という人が多くて、所作に腹立てたり、声に腹立てたり。
話の時代は戦中、戦後なので、下駄を履いている人が多いんですよ。で、下駄を履いて歩くのが皆ダメで、耳障りな音はする、姿勢は悪い、「あ〜イライラするぅ」時間を過ごしました(翌日『放浪記』を観劇し、森さんの動きに惚れ惚れしたから、余計に思い出すだけでもイライラする)。
配役が決まり、時代背景も考え、衣装も決まったら、せめて自宅近くで過ごす時は下駄で出歩くとか努力は必要だと思う。あまりに不自然な所作で、修了式に出ていた所作の先生が可哀想になってしまいました。

で、友人はどうだったかと言うと、それが意外と良かったのです。
和装で草履だったのですが、さまになっていました。
「セリフ回しはどうかな」と心配して劇場に入ったのですが、それも良くて、見直してしまいました。
他の劇団員さんと比べると年長者なのですが、やはり亀の甲より年の功というところでしょうか。
落着いていて、安心して観ていられました。
ふむ、彼女にも感想を送らなくては。

芝居のお話の内容については、もともとの戯曲を読んでから書きたいと思います。
つーか、書けるのかなぁ(^^;

April 14, 2005

給料3ヶ月分。

決して、婚約指輪ではありません。
これ、父の3月分の請求書です。国民健康保険3割負担でこの金額。もしも保険料を納めていなかったら大変な金額になってしまいます。まさしく健康保険万歳ですね。これで70歳を超えていたら、もっとお金の事を心配しなくても済むんですけど、これも運命。
生命保険のお金はまだ出ていないので、家の蓄えから出しているみたいですね。偶々、地元の建設会社の相談役なんてことも年末に引受けていたものだから、その謝金(僅か10万円/月ですが2回頂きました。現在は事情を話してお断りしています)も少しは生きたかな。謝金そのものを全額返金しようと母と相談して先方にお話したのだけれど、良いと返事をされ、ありがたく使わせて頂きました。

どうして、そんなに医療費が高額なのか。
それだけ大掛かりな手術を受けたという事になります。

昨年6月25日に救急車で地元の病院に運ばれ、頭のCTを撮る。でも、何も写らず点滴だけを受けて帰宅。
その時のCT画像が後々迄影響を与え、運ばれたその病院へ行くも相手にされず。
挙げ句の果てに、とあるメンタルクリニックを紹介される。2回通院するものの、薬が体に合わず、湿疹が出るのでストップ。個人病院に行って薬を処方され、どうやら眠くなる薬らしく、食事以外は寝ている時間が多くなる。
1月になると、トイレに間に合わなくなる(失禁が始まる)。夜中にトイレに起きると途中で倒れる。家族は目を醒ます。
救急車で運ばれた病院へ行く。相手にされない。
母の幼馴染みがその病院の理事をしているので、その伝手で入院を申込む。「病気じゃないから」と一蹴される。
父の同級生の実家が開業している事に気付き(どちらかというと老人が入るような病院)そこに入院をする。
CTを撮る。影を発見。
良い機械が入っている、何度も断わりやがった病院で精密検査をする。ようやく脳腫瘍発見。
県内に2つしかない大学病院で精密検査。転院、手術、そして現在に至る。

脳腫瘍だと発覚した時、私は救急で運ばれた際に診察した医師を告発しようかと考えた。でも、そんな事で無駄な時間を使う余裕がないと母に諭され、今はそんな気持ちのゆとりさえも無い。
正直なところ、総合病院そのものに恨みは無い。許せないのは診断ミスをした医師であり、その医師がこれからものうのうと医師を続ける事。
将来的には医療裁判について調べてみて、行動を起こす可能性は否めない。
が、母の立場を考えると難しいのかな。母自身、入院・治療でお世話になっていたりするし。人間関係とかあるし。⋯思い出すだけでも腹が立つ。

父は我が儘なので大学病院でも個室希望を出した。
転院1日目は個室だった。翌日、病院へ行ってみると4人部屋に移されていた。「なるほど、そういう事か」と思った。個室だとおよそ12000円/日かかる。そんなお金を出せるなら治療費に回した方が良いという判断をされたのでしょう。また、県内の要人が急遽入院なんて事も無きにしも非ずだし。
おまけに、意外と広いんですよ。地元の総合病院だと6人くらい詰めてしまう部屋に4人ですから。ゆったりしてます。

さて、脳腫瘍が出来た場所ですが、脳下垂体です。
CT画像による説明の時、脳下垂体に白い影があるのがすぐに判った。母から脳腫瘍があって⋯という説明を聞いて、脳腫瘍に罹った医師が書いた日記等を読んだり、脳腫瘍そのものの知識を入れていた。だから「ああ、やっぱり下垂体か。良かった♪」と感じた。脳下垂体には線腫が出来る事があるけれど大抵良性だと書かれていたから。病院によっては鼻から器具を使って手術をするから開頭の必要が無い場合もあるし。
後日、転院する際にこれまでの治療経過を記した紙を手にする。「下垂体部腫瘍」と書かれていた。「下垂体『部』腫瘍だなんて、言葉間違ってるよ(笑)」なんて思った。
母と私の二人で医師と面談する。「視床下部に浸潤している可能性はあるのですか?」と聞いてみる。「あります」と返答。⋯この瞬間、悪性腫瘍だと判明。
お気楽に考えていた、というより、なるべく良い方へ良い方へという考えに逃げていた私から逃げ道が無くなった。
簡単に言うと、脳の内側に腫瘍が出来、それがドンドン大きくなる。生物の本能を司る部分がいかれていくので、尿の調整やホルモンバランス、体温の調整、その他諸々が悪くなる。また、そういう部分と密接なので腫瘍を全部摘出できない。もしも腫瘍で無い部分に傷をつけてしまうと植物状態になりかねない。
そういう困った部分に出来たものだったのです。
手術をするかどうかも悩む。楽に会話を交わせる時に父と手術に関して話をしていたから(その時は、良性と私も考えていた)、そして組織を取って治療法を考える必要もあったので手術の承諾する。
8時間もの時間をかけて開頭し、前頭葉・側頭葉をかき分けて腫瘍を取る。取れるだけ取ったのかと思ったら、組織を調べるだけ採取して閉じたそうだった。100ccも血は出なかったらしい。あまり脳を弄らなかったから脳浮腫も起こらなかった。

今は、傷もキレイになり、髪の毛も生え、「生きてる〜」って実感出来ます。
でも、大学病院に転院し、造影剤の検査をした頃から記憶というものがおかしくなり始め、昔の事を言い始めました。
最近の事は判らないみたい。
でも、時々「正常に戻ったか?」と思える発言もあり、この前なんかは「任せるから」と言われ、彼岸を行き来しているんだなと悲しく思います。

3月は休めるだけ休んだのだけど、4月になり、あまり仕事も休んでいません。親戚の伯母たちは4月になって休みが増えたからどんどん休めるのに休まないと批判的だったりするんだけど、母が庇ってくれたりするのでなんとか救われてます。
本当は、今日も病院に行く筈だったのだけど、私の体調がイマイチだったので、家の留守番をしていました。
それにしても、仏滅の日に合わせて面会する親戚共ってどうよ。

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