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March 24, 2005

レ・ミゼラブル。

今月は3公演の観劇でした。
週1の割合での観劇。
やっぱり少ないですねぇ。今期は両手はいかないように自粛した成果です。
珍しく1階席からの観劇ばかりでした。臨場感を考えると、やはりA席よりもS席の方が良いんですね、やっぱり。同じ出演者だとしても感じ方が異なります。
反して、遠くから観ると、帝劇という広さを思う存分使う作品としてのレミゼの大きさを感じます。小劇場での公演が多い弱小劇団が、あの広さを生かせるかと言ったらむりですものね。アートスフィアで装置がいっぱいだとしても舞台がスカスカと感じるものもあります。役者さん達の舞台上での所作でも感じ方が変わるのかも知れません。
レミゼは出演者が多いから〜と言われると、またそれも然りなのですが。
一昨年から、この作品は短縮されてしまいました。覚える程、昔のバージョンを観ていないものの、ところどころ物足りなく感じる現在のバージョン。5月末のスペシャル公演は昔のモノに戻ってくれたら良いのになと思う今日この頃であった。

曜日の感覚が失せる日々。

3月は、自分にとって忙しい月でした。こんなに忙しくて自分の事も何もできないなんていうのは、長い人生のうちで初めてかも知れない。
そんな忙しい日々の中でも友人との飲み会とか、去年よりも回数が激減した観劇もなんとかしている。行かずに無駄にしてしまった公演も多々あるが⋯(それじゃ自分の事やっとるやんけ)。
昨日などは、購入していたのを忘れていたチケットが届いていて焦った。
とにかく惚けまくりなのである。

レミゼの感想とか、父の病状とかどこまで書けるのか判らないけれど書きたい事が山積です。
書く事によって自分の気持ちの整理をつけられるって事ありますものね。
でも、PCに向かう余裕がなくて、なかなかブログも書いてません。
アクセスされる方が多いのはカウンタを見れば判るのだけど、何も有益な事が書けていないので申し訳ないような気持ちになります。

March 11, 2005

ここ一週間の私。

結構、書けてませんね。もともと筆無精なのに、一層、拍車がかかっています。
取り敢えず、この一週間の私の生活の覚書を。

3/5(土)『レ・ミゼラブル』チケット一般発売
早朝の並びで最初に配られた整理番号は3954番(友人は3383番)、引いた整理券番号は1383番。1201番以降故に整列時間は翌日10:40。最後の最後で初めて翌日の整理券を引いてしまったかも。
離れて並んでいた友人も、私と近い番号で、やはり翌日。
彼女は旦那さんと一緒に早朝の並びに来ていて、旦那さんは早い番号を運良く引いたそうです。
で、SP公演のチケットをお願いしてしまいました。ありがとうDしゃん。

その後、ネット友人のOさんと朝食がてらINZ近くの喫茶店に行き、彼女の好きな小鈴さん話で盛上がる。とても楽しそう。一時期、小鈴さんは舞台に出ていなかったから、久々の舞台だもんね(サイゴンから復活した感じだから)。
ひとしきり会話をし、戯曲科のDしゃん、Eたんと会うためにOさんと別れる。
フォーラム前で落合ったDしゃん、Eたん、Dしゃんの旦那さんと私の4人で銀座一丁目まで歩き、ランチ。
フカヒレを堪能。
そして、Dしゃんの旦那さんが体調悪いので代わりに観劇に行く私。棚から牡丹餅。ありがとうEちゃん。いえね、補助金を出してもらったのであります。ほぼ半額で観劇出来てしまいました。

久々に羽根を伸ばした~と実感した一日を過ごしました。


3/6(日)病院で医師と面会
10:00指定でしたが、父の着替えなどを持っていく都合があったので9:20に病院に到着。
スタッフステーションで到着している旨を伝える。約束の時刻よりもかなり早い時刻だったので、既に仕事をされていた医師たちは驚き顔。
別に、驚くような事じゃないと思うのだけど。
父のいる病室に着替えを置き、母と地下の控え室で休憩。軽くお茶する。
9:55になり病棟に戻る。そこにまた控え室があるから、私は読書をしながら待つ。
10:10くらいになり医師が説明をする部屋へ案内に来る。そして解説。

父の腎臓の機能が低下しているためにガリウム造影剤の検査が延期になったのですが、腎臓内科の医師と相談した結果、やはり検査をするとの事。
一時期にせよ、一生にせよ、透析の必要が出てくる可能性が高い事。
透析をしないで済むかも知れない可能性が少しはあって、その方法は水分を沢山補給して流し出す事。
腫瘍を取るのは前回説明したとおり一部のみ。取ったからといって体調が改善する訳でなく現状のまま。

腎機能が普通の人が100とすると30しか無いらしいのです。もともと腎臓の片方は機能しておらず、長い間、1つの腎臓で生きていて、その1つしかない腎臓もへたっているんです。
ガリウムは腎臓に負担のかかる物質なので、それを点滴など沢山の水分で流すという方法を取って、なるべくなら透析しないで済むようにしたいとの事。
透析するとなると「週に1回とか2回とか3回とかやらないとなりません」と医師は言う。週3ですか。
医師は、腎臓よりも命の方が大切と判断しているのだと確信する。もしかするといちかばちかの博打をしているのかも。
造影剤を使うのはどうしてかというと、脳の腫瘍へどのくらい血流があるのかを調べる為なのです。かなりの血流があるなら輸血用血液の準備が必要になるから。そう説明を受けたが、血流が多いと、それだけ腫瘍が大きくなる要素も高いのではないかと素人目に考えられる。運良く少なければ良いのだけれど。

この日は、父が夕食に少しでも箸をつけて食事をするのを見届けてから帰宅する。


3/7(月)投影リハーサル
午前中にリハーサルするものの、納得できる出来ではなかった。
精進します。


3/8(火)祝・初日『レ・ミゼラブル』
ろっくりばー席で観劇。
出演者が誰なのかチェックせずに着席。チェックする余裕が無かったもので(^^;
観劇しながら、別所さん、鈴木さん、知念さんetc...を知る。
幕間には知った顔と雑談。
終演後には戯曲科のHさんと入口で久々に再会。彼女からブログを見つけたと一言。…一瞬、真っ青になりましたよぉ。どなたからか教えられたとか。ええ、こんなブログ書いてます。他愛も無い独り言です。くだらないこと書いてます。だから、過去の日記を読まれても「ふ~ん」って感じられるだけですから遡らなくても良いですよぉ(T_T)マジで。
Hさんには、父の事で励まされてしまいました。ありがとうございます。家族が諦めちゃ駄目ですもんね。
『レミゼ』の感想は、後日、書ける余裕が出たら書きます。


3/9(水)病院へ
昨日、転院してから初めて母は一人で病院まで行けたとの事。
すると、父の兄弟が看護師に向かって医師から病状の説明を受けたいと直談判していたそうな。面会時間よりも早く行って、母にばれないようにと、おかしな行動をとる。
非常に腹をたてた母だったが、一晩で落着くかと思ったらそうでもなかった。

この日も夕食まで父の相手をする。
食べやすいからとパン食を希望したらしい。食パンの耳を残すものの、パン2枚完食。おかずまでは食べられない。美味しそうなのに…。

個人病院にいたときは、チョコとか食べる気力もあったのだけど、ここのところ食べようとしない。「食べる?」と聞くとようやく「うん」と返事をして食べるくらい。かなり口が不味いらしい。


3/10(木)造影剤
ようやく検査まで漕ぎ着けた。
この検査が済まないと前へ進めません。
13:30頃から検査スタート。ちょっと遅れて病院に着く。家族はひたすら待つしかない。

この造影剤の検査後の話は、後ほど、改めて書きます。


以上、今週の私でした。
冗談抜きで、医療関係の本を読み漁っている私なのでした。

戯言ですので。

う~む、黙って書いていたブログというよりもただの日記ですが、とうとう知人に知られてしまいました。
かなり愚痴の多いこれらの文章。過去に遡ってまで読まれているのは非常に恥ずかしいです。
もともとは「さるさるにっき」に書いていた日記だったのですが、ブログの方が見ず知らずの読み手とインタラクティブなやり取りが出来るのかも…と考えて移殖しました。ブログだと、簡単に検索にヒットしてしまうんですよね。まぁ、それは構わないのですが。
あまりにもくだらない戯言ですので、一笑にふして頂けると幸いです。笑えなくて、怒りを招いたりなんかしたら大変なのですけど。
そうそう、公募情報をまとめて書いてあったところもありますが弁解を。
自分の鼻先にニンジンをぶら下げておかないと、ズルズルズルと怠け癖が出てしまうので、自分の気持ちを引き締めるとか鼓舞させる意味で書いてました。一応、それに向けて箱を書いて、出だしを書き始めて…そのままになっているものが多々。きっとこのまま陽の目を見る事はないでしょう。
ええ、そんなものなのです。私は。

最近は、家でPCを起動させる事もめっきり減り、メールは携帯からも読めるようになっているからそれで済ませています。だから余計に携帯の通信料がバカみたいになるのかも。
やっぱりFOMAがお財布に優しいのかな。

March 04, 2005

現状報告。

ずっと書いている気持ちも時間も余裕が無くて、書かずに日々が過ぎていました。
先月末に父は転院しました。
親不孝な息子と娘は仕事に出、それ故にタクシーでの転院。タクシー料金は3990円也。
が、しか〜し、転院元の病院から私の携帯へ電話。それも10時頃。
看護士「今日中に持っていかないとならない紹介状をお忘れになられたので、取りに来て欲しいのですがぁ」
私「午後なら行けますので⋯」
看護士「判りましたぁ」

はぁ?とうとう母も惚けたかと思いました。
事務所に早退の届けを出そうと書類を取りに行き、自分の机に戻ると「着信あり」のメッセージ。
取り敢えず、病院の電話番号も携帯の電話帳に登録しておいて良かった。
折り返し電話。
看護士「すみません、至急取りに来て欲しいのですがぁ」
私「⋯これからですか?」
看護士「はいぃ」
私「実は今、東京でして、これから急いで伺おうと思っていたのですが⋯」
看護士「こちらにお住まいの方、いらっしゃいませんか?」
父の兄弟は、世間体を気にする人ばかりで「入院する報告を長兄にしなかった」と怒るような訳わかんない人たちなので信用ならない。故に⋯
私「いないんです」
看護士「⋯そうですか⋯、あの、夕方でも良いです」
私「どちみち、早めに帰ろうと思っていたので、そうですね、3時頃には伺えると思います」
看護士「お願いします」

そんな訳で、午前中、せっせと仕事をして早退したのでありました。
なんとか3時前には病院に到着し、紹介状、及び、家族宛の病状報告書らしきものを受取って転院先の病院へと向かった。
電車を使わないと行けないような場所なので(ゴールド免許を持っているけれど、ここ5年ほど運転していない)、駅に向かい、電車に乗込む。
かなりタイミングが良くて、乗換もスムーズ。
病院最寄り駅に到着。バスを使うのも癪なので徒歩で病院に向かう。かなり近い。
大学病院、かなり懐かしかったりする。学生時代は、友達の付き合いでそこの学生寮へ遊びに行く事もあったのだ。駐車場もフリーパスで入れたのが不思議な感じ。

病院の建物に入り、初めて行くにも関わらず、何かに導かれるがごとく病棟へ向かい、そしてナースに聞いて父の入っている部屋に行く。
両親がいるのみ。
父の兄弟達は既に帰ったとの事。
病室に到着したのは4時ちょっと過ぎたくらいか。
母に前の病院から預かった書類を渡す。母がナースに渡す。
そのナースが発した言葉は「FAXで宜しかったのに」。
ガーン!!!無駄足だったよ。

まあ、そんな転院1日目でありました。

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